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【論文】アメリカの大学の入学システム

【論文】アメリカの大学の入学システムについて

アメリカの大学の入学システムに関して、わたくしドクターサトウが執筆した論文があります。
以下に掲載しますので、ぜひご覧になってみてください。
なお、いちばん最後に同内容の中国語版も掲載しています。



日本の大学入学者選抜方法の改革について —米国おける選抜方法を参考にして

ドクターサトウ


はじめに

大学入試の方法をどのように改革したらよいかという問題は、我が国の高等教育の発展を考える上で、極めて重要な問題である。本稿では、我が国の大学入試の問題点及びその改革案について述べる前に、アメリカ合衆国における大学入学者選抜の現状を述べることにする。というのは、アメリカの大学入試の方法は、我が国のそれとは極めて対照的であり多くの示唆を含んでいるからである。しかし、アメリカの方法が我が国の方法よりも優れていて、したがってそれを一方的に取り入れた方が良いなどと言うつもりはない。ただ、両者の方法が非常に異なっているため、対比させて論をすすめてみたいのである。

アメリカ合衆国での大学入試

 一般には、アメリカの大学事情と聞くと意外に思われるかもしれない。なぜなら我が国においては、米国の大学は入学することは易しく、卒業するのが難しいと考えられているため、大学入試競争はおろか入学試験そのものも存在しないと思われているからである。確かにアメリカには、日本におけるような入試競争や予備校は存在しないが、大学入学に際しては、入学希望者の資質をチェックしないで希望者を全員入学させる大学は、むしろ稀である。大学のほとんどでは、進学適正試験(SATまたはACT)のどちらかをあるいはその両方を受験することを要求している。SAT(1)とは英語と数学の学力テストでACT(2)は、数学、自然科学、社会科学、英語学、英文学の中から3科目を選択し、受験する学力テストである。この2つのテストは、日本の大学入試共通テストとは異なり、年1回のものではなく、SATは、年6回、ACTは5回も実施されている。これらは選抜試験というよりも資格試験という性格が強いために、2種類のテストのどちらかについても何回受験しても良く、その中で最も高い得点のものを大学へ送って入学審査をしてもらうことになる。しかし、入学の合否がこれらのテストの得点だけで決まるわけではない。
 大学入学の合否は、大学進学適正試験の結果のほか、出身高校の成績、担当の教師及び有識者からの推薦状、スポーツや芸術の分野での活動及び特技才能、社会奉仕活動などを行っていたかどうかなど重視して決定される。つまり、入学を希望する学生の個性ある活動をすべてプラスに評価し、その個人が多様性に富んだ人物であることに最も重きをもって入学者を選抜している点が、アメリカ合衆国における大学者選抜の特徴であろう。
 このような選抜方法は、公立の州立大学よりも私立大学に強く見られるものである。現にハーバード大学では次のように言っている。「ハーバード大学の入試専門委員会は、入学決定の主な要因に、特殊な才能を持っていること、学校の責任者からの推薦状、パーソナリティ、そして、特に進んだクラスまたは、オーナーズコース(優秀な学生だけが履修することができるクラスのこと)を修めているかなどを重視する。従って、クラスにおける平均順位や、SATの得点などは、それほど重要な要素としては考慮しないものとする。」資料1参照

資料1

大学入学者選抜における競争率とSAT得点の分布

 それでは、アメリカの大学における入学時の競争率はどれほどであるか述べてみたい。また、SATの得点も合格者のレベルを示す一つの目安となるので、表1に示した。
 この表はアメリカ東部の主な大学を例として、その入学競争率とSAT得点の平均点及びその分布を示したものである。この表からいくつか特徴的なことがわかる。まず、第一に私立大学の方が公立大学に比べて競争率が高いことである。私立大学の中でもアイビーリーグ校(3)と呼ばれる東部の8大学やMIT(マサセッチュー工科大学)など③に人気が集まっている。これらの大学の競争率は、高いと言っても4倍から7倍程度であるので、我が国の人気の高い大学の比べるとそれほどでもないと感じられるかもしれないが、アメリカでは例外と言えるほど高いものである。
 これに対して、州立、市立の公立大学の競争率は、ほとんどの大学において1.5倍程度であり、入学志願者の7割ほどを受け入れている。しかし、志願者の全員を合格させている大学は極めて少なく、「バロンズ社のアメリカ大学プロフィール」("Barrons Profiles of American College")によるとニューヨーク大学(ジョンジェイカレッジ)に見られるのみである。しかし、この大学では、入学志願者を高校での成績が平均点で75点以上であるか、またはクラス内での順位が上位50%以上に限っているために実質的には希望者が全員入学できるというシステムになっているわけではない。
 次に、SAT(進学適正試験)の合格者平均点を各校で比較してみよう。このテストは英語(Verval)と数学(Math)の2種類で成り立っており、その得点は平均点が500点で最高が800点、最低が200点という構成になっている。従って、500点を得たということは、統計的には偏差値50を意味するものと同じである。
 この合格者のSAT得点も一般に私立大学の方が公立大学に比べて高くなっている。特に、競争率と同様、アイビーリーグ校や、MITにおいて高くなっている。表1において合格者のSATの平均点を公表しているアイビーリーグ校4校のSAT得点の平均点は、英語が6245(SD18.285)で、数学が 669.8(SD29.102)である。これに対し、州立の8大学の平均点は、英語が486.3(SD16.025)で、数学が545.5(SD21.389)でありこの両者の平均点は150点近く差がある。
 この事実はSAT得点についてはそれほど重視しないとするアイビーリーグ校一般のポリシィに反するとも考えられるが、ハーバード大学では、他の要因を重視して入学者を決定した結果、入学者のSAT得点がたまたま高得点であったにすぎないとしている。現に合格者のSAT得点の分布をみてみると、500点以下の者でも合格者が出ている。これは他のアイビーリーグ校でも同様で、必ず500点以下の学生でも合格している学生が少数ながら存在している。
 これに対し、公立大学の合格者のSAT得点の分布をみてみると、合格者の半数近く、あるいはそれ以上が500点以下の学生で占められている。これは、高等学校でごく普通の勉強をしていれば入学できることを示すものであろう。しかし、全員がそのような学生ばかりかというとそうでもない。表1をみるとわかるが、どの大学にも700点以上のスコアを出した学生が存在している。これらの学生が必ずしも全員入学したとは言えないが、公立大学にも非常に優秀な学生が在学していることは事実である。これは、公立大学の授業料が私立大学のそれに比べて安いことが原因であると考えられる。私立大学のほとんどが2万ドル以上なのに対し、公立大学では、その州あるいはその市の住民でありさえすれば、1500ドルから2000ドルで済むために経済的理由でかなり優秀な学生も入学してくるのである。

アメリカ東部の主要な大学における入学競争率とSAT得点

アメリカ東部の主要な大学における公立高校出身者とマイノリティグループの割合(1989年度)

アメリカ東部の主要な大学における一教官に対する学生の割合とPhD's(博士号取得者)の割合

 次にアメリカにおける私立大学と公立大学の特徴的な違いの一つとして、卒業率の違いがある。同じく表1を参照してみると、私立大学では70~90%と公立である。特にハーバード大学では98%という非常に高い率で卒業している。これに対し、公立大学ではどの大学も40~60%台にとどまっている。これは入学者の約半数しか卒業できないことを示すものである。アメリカ合衆国の大学が入学し易いが卒業し難いと一般に言われ手いるのは、この公立大学の性格によるものと思われる。公立大学がこのような性格を持つに至ったのは、公という立場からなるべく多くの人々に高等教育を受ける機会を与えようとしたためと、その中から優秀な学生を除々に選んでいこうとするポリシーによるものであろう。
 また、私立大学の卒業の高さは、入学競争率の高さと関係があると思われる。一般にアメリカの有名私立大学ではエリート教育を行おうとする性格を持っているためか、入学時に優秀な学生を厳選し、それを育てていこうとする傾向を持っている。もちろん、入学できても勉強しなければ卒業することは絶対不可能なのであるが、そのような不勉強な学生は選抜するはずがないという意味も含まれている。

アメリカにおいて大学入試競争が過熱化しない理由

 このようなアメリカの現状の中で、我が国におけるような大学入試競争が存在しないのはなぜだろうか。その理由として、無理をしないで自分にあったライフスタイルをとることを好むというアメリカ人気質によることがある。これは、大学入学についても同様で、無理にレベルの高い大学に行くよりは、むしろ自分の学力に応じた大学に学んで、そこでベストを尽くす者が多いことからもわかる。もちろん、アメリカ社会も競争社会である面は存在するが、意味のない競争は極力避けようとする傾向がある。また、日本のような学歴社会ではないために、どこの大学を出たかということよりも、何を勉強したかを重視するために、それほど自分の出身校にこだわる必要がないことも、大学入試を過熱化させない要因であろう。
 それに、入学試験のための対策がたてにくいこともある。先にも述べたが、入学者を決定する要因が多様で、それも1年2年の準備ではどうにもならないものが多い。例えば、特殊な才能を開発して磨くといっても、すぐにはできないことは明らかであるし、ボランティア活動などの社会的活動にしても大学入学直前になってあわてて行っても無意味である。なぜなら、その活動内容についてのスーパーバイザーのコメントとサインが必要なため、やはり表面的な活動ではなく、実質的なものが必要だからである。対策がたてられるとすれば。SATの得点を上げることが挙げられる。これについては、もし日本流の試験勉強を行えば英語、数学共に650点位をとることは比較的楽にできる。なぜなら試験内容が基礎的なものが多く、特に数学については、我が国の大学入試センター試験と比べても簡単であるためである。しかしながら、アメリカの大学では、受験勉強をして無理に点数を上げるようなタイプの学生を嫌う傾向があるため、これも根本的な対策にはならないのである。また、面接も厳密に行われる。ハーバード大学では、5人の面接官によって多方面から審査される。普通この5人のうちの3人が入学をアクセプトすれば合格であるが、これにもいくつかの段階に分かれている。学生は自分がいかに才能があるかを自らアピールし、大学側に自分を入学させることによって将来どのような得をするかなどのようなことも主張したりする。筆者が、ハーバード大学の大学院を受験した時は、この面接の前に、パーティーに招待されパーソナルな雰囲気の中でお互いのことを知り合うという試みもあった。また、急に私のニューヨークのアパートに電話がハーバードのアドミッションのディレクターからかかって来て、何のことだと思ったら単に今何の勉強をしているのかなどという世間話のようなこのであったのも印象的であった。これなどは、普段の私の態度、あるいは対応などをさりげなくチェックしていたのではないかと考える。このような点も入学試験のための対策が立てにくい大きな要素であると思われる。
 次に、大学入試を過熱化させないもう一つの要素として、アメリカでは大学入試に失敗して浪人するという現象がないことが挙げられる。浪人する学生がいないと言っても、全員がどこかの大学に入学を許可されることを意味するものではない。中には、どこの大学からも入学を許されない学生も存在する。しかし、そのような学生でも入学まで一年待つ必要はない。アメリカのほとんどの大学では少なくとも年に2回入学できるし、普通で3回、多いところでは5回も入学できる大学が存在とするからである。従って、もし不合格になった場合でも、すぐその大学よりランクが低い大学に入学を申し込めば、多くても、3ヵ月くらい待つだけで入学できるのが普通である。また、不合格であった大学にどうしても入学したい場合は、その大学の入学選考の係りに行って、なぜ不合格だったかの理由を聞き、その点を改善すれば、次の学期までに合格させてくれることもある。このような状況であるので我が国にあるような大学予備校の必要性は全くなく、大学入試も過熱化のしようがないといえよう。
 さらに、大きな理由の一つとして、アメリカの大学では編入(トランスファー)がしやすいことがある。コロンビア大学のある学生を例として述べてみよう。その学生(女性)は、アメリカ南部のジョージア州に生まれた。高校も公立だったためか、あまり教育レベルが高くなく、卒業した時点では東部のレベルの高い大学に入学できなかった。そして、ジョージア州立大学に入学し、2年間極めて良い成績を修め準学士号(AA degree)を取得し、コロンビア大学の3年次に編入してきたのである。彼女によれば、2年間、学費の安い州立大学で勉強してきたためにかえって最初からコロンビア大学に入学するよりも得をしてしまったとのことであった。

資料2 著名な心理学者の出身大学

 このようにトランスファーによって大学のレベルを上げていくことは、アメリカでは普通によく行われることである。この傾向は、学部レベルでも行われるが大学院の修士、博士レベルでは、さらによくあるものである。アメリカでは、大学の学部から大学院に進学する場合、周一の大学に大学院が設置されていてもそこに進学することはむしろ稀で、大学院では異なる大学に進学する場合が多い。これは、一般の学生ばかりでなく著名人であっても同様で、例えば心理学者を例に取ってみると資料(2)のようになる。これをみるとわかるように、かなり以前の人々(ワトソン、ギルフォードら)でもいくつかの大学をトランスファーしながら勉強を続けている。また、ほとんどの人々が、学士→修士→博士と進むにつれて、ランクングの高い大学に移っている。この意味から考えても、最初から高いレベルの大学に入学する必要はないと言える。しかし、中にはオールポートG・Wのように学士から博士までハーバード大学で通す者もいるが、彼のような例は一般には例外に近いものである。最近、アメリカでは、大学院の修士レベルまで修了しようとすると学生が増加しているために、他大学の大学院に進学することでより良い大学でキャリア積もうとする傾向は強まっている。

アメリカの大学入学者選抜システムから学ぶこと

 このようなアメリカ合衆国における大学入試の現状を、我が国のそれと比較してみると極めて学ぶことが多いように思われる。
 まず、第一に言えることは、アメリカの入学システムが多様で、大学入試センター試験にあたるSAT、ACTも複数の受験チャンスがあるために高校生に与える心理的不安を低減させていることである。筆者も一度SATを受験したことがあるが、入学試験とは思えないような和やかな雰囲気であったことは実に印象深く記憶に残っている。この点、我が国の大学入試が一発勝負であり、それも時期としては年に一度のチャンスしかないために高校生の抱いている大学入試に対する不安を助長させている現実とは、極めて対照的である。このような日本における傾向は、何をどういうプロセスで学んで自分のものにしたかというよりも、試験のための勉強(学習)という側面を強化し、実利的で、やや利己的な目的のためでなければ、学習しないという傾向をも生み出しつつある。
 また、アメリカの大学制度が非常に可動性に富んでいるために、アメリカの学生は何をいつから学習し、身につけたらば良いかをじっくり考える余裕が与えられており、途中からのコースの変更や、やりなおしなども自由で本人の意思にまかされているのが普通である。これに対し、我が国の大学制度は自由度が少ない上に、何をやりたいかもわからない高校生が、とりあえず大学に入学するという例が多い。そして、後で自分のやりたいことが発見できたとしても、そこには直接的には自分のキャリアとは関係のない大学入学試験という壁があり、結局あきらめざるを得ないことになる。そして、たとえ大学入試を突破し自分の希望する社会的にもレベルの高いとされている大学に入学できたとしても、そこでもう力を使い果たしてしまい学習したり、研究したりすることに対して興味を失ってしまっていることも多く見受けられる。発達心理学的にみても、あまり受験勉強をやりすぎるとクリエイティビティがなくなり、意欲も減少すると警告している研究もある。この傾向は年齢が低くなればなるほど強くなるそうで、できれば人格が安定するまで受験勉強は待ったほうが良いとされている。このような現象はアメリカの大学にはなく、学生が極めて元気活発で、同時に知的な好奇心を失うことなく持ち続けているのが普通である。これは、受験勉強によって無意味な疲労をしていないことによると考えられる。ただ、アメリカの大学教育も完全なものではなく、問題点も多く持っていることを付け加えておく。一部のトップレベルの大学を除いては、一般の大学では学生の学習能力の低下に頭を悩ましているし、18歳人口の減少で、大学間でのサバイバル戦争はすでに始まっているからである。しかしながら、アメリカにおける大学進学の現状は我が国のものとは大きな違いがあり、その様相は、私たちに日本の大学入学選抜の方法及び大学教育の将来について大きな示唆を与えてくれることは確実である。

結論

本稿のまとめとして、大学入試をどう改革したら良いかを、アメリカの現状を踏まえて、それを我が国の現状の中でどう取り入れることができるかを中心に述べてみたい。
 第一に大学に入学できる時期を少なくとも年2回にすること。同時に大学入試センター試験を年に3回は受けることができるようにすること。こうすれば浪人の問題も少なくなると考える。ただ、アメリカのある大学のように年5回などとなると、入学可能時期としては多すぎると思われる。なぜなら学生がどんどん変わってしまいこれは大学としても教育する上で問題が起こると考えるからである。これと同時に行ってほしいのは無学年制の採用である。学年という概念をなくして、単位数でその学生の勉強の進み具合を評価した方が、学習効果が上がると考える。つまり、たくさん単位を取った学生、学年にかかわらず早く卒業できるようにするのである。授業料の問題は一単位いくらとすれば問題はない。
 また、編入(トランスファー)をできるだけ可能にし、単位も大学相互で認め合うようにできることは、ぜひ行ってほしいものである。大学生が余り勉強しないことが問題になっているが、もし良い成績をとって行けばレベルの高い大学に編入ができるとなると、学生たちは勉強すると思われる。特にこの際の学習の内容は自分の興味のある専門であるために受験勉強とは違って身につくであろうし虚しさも無いものである。
 次に、入試の合格基準を学力審査だけで決定せずに、クラブ活動などの他の要素を加味して総合的に決定してほしいものである。人間性とはできるだけで多様にまたその個人の個性に応じて発達すべきであると考えるし、また、そのような視点から評価されるべきだとも考えるからである。しかし、多様な視点から総合的に判断するためには、評価者の主観によらない客観性が要求される。そのためには入学希望者への面接も少なくとも3人の専門官によって行いその合議で評価の決定がなされなければならないだろう。このような手続きは時間を要するものではなるが大学にとってどんな学生を選ぶかということは生命線とも言うべき重要性を有していると考えるのでぜひ行ってほしいものである。
 学部レベルの入学試験とは直接関係はないが、大学院教育と社会人教育の推進は、今後の大学教育の発展を考える上で重要な点となるであろう。今後、我が国においても18歳人口の減少が起こると考えられるので、その対策としても、社会人のためのリカレレント入学を奨励していかなければならないだろう。すでにアメリカをはじめ、ヨーロッパの各国では、25歳以上の高等教育機関在籍者の割合は増加しており、スウェーデンなどでは62%にも達している。(表4参照)
 これまで、我が国における大学入試改革について、主にアメリカ合衆国の例を参考にして述べてきたが、この問題は大学教育の発展を考える上で極めて重要な問題である。諸外国の例は、その国によって教育システムも違うし、伝統も異なるので我が国においてそれそのまま採用することはできないが、非常に参考になることは確かである。私としては日本の大学が発展してその機能を充分に発揮し、社会に貢献していってほしいと願うものである。

18歳人口 (男女合計) OECD各国の高等教育機関在籍者の年齢別分布 (%)

注、(1) SAT(Scholastic Aptitude Test)------大学進学適正試験のこと。
  (2) ACT(American College Test)------アメリカ大学入学テストのこと。
  (3)アイビーリーグ校---------米国東部の最も伝統ある8私立大学のこと。      
              ハーバード、イェール、プリンストン、コロンビア
              コーネル、ダートマス、ブラウン、ペンシルバニアの
              8大学のことを言う。

参考文献

(1) Scott Edelstein(板坂元 訳) 「アメリカ カレッジ マニアル」荒竹出版 2000年
(2) 渡部淳 「海外帰国生、日本の教育への提言」太郎次郎、1990年
(3) Profiles of American Colleges, Barron’s Educational Series,Inc. 2001
(4) 依田新 「現代心理学のエッセンス」ペリカン社 1976年
(5) 常盤新平 「アメリカ情報」 講談社 1989年


要約(英文)

〈 University entrance exam in the United States and Japan 〉

At college administration, all insertion university's applicant is rare without checking entrance person's nature though neither the entrance exam competition nor the prepschool in Japan exist certainly in the United States. It is demanded to take an examination of the both of the aptitude of going on to school examinations (SAT or ACT) in most of the university. SAT is an achievement test to which three subjects are selected from among mathematics, a natural science, the social science, the English study, and English literature, and it takes an examination of ACT by the achievement test of English and mathematics. These two tests are different from a common test of Japan, and ACT is executed as many as five times six times a year not the annual one but SAT. You may take an examination of both times how many again because the character of qualifying examination is strong, the one of the highest score is sent to the university, and the entrance examination is done for these. Because the pass or fail of entrance is not decided only by the score of these tests, the existence of such a school can hardly be observed though it might be thought that you may complete the prepschool to work over measures of this test if it thinks like Japan.




关于日美的大学入学考试的比较研究

ドクターサトウ


 

1. 开篇

在考虑日本高等教育的发展的基础上,如何改革日本大学的入学考试方法,是极为重要的问题。
 本篇论文是对日本大学的入学考试方法和入学考试方法的改革方案的阐述。
 在这之前,先叙述一下美国的大学入学考试的选拔现状。
美国的大学入学考试方法和日本有鲜明的对比,从中我们可以得到很多的启发。
然而,我并不是打算因为美国的入学考试方法好就单方面的接受。
只不过是因为两者的方法有很大的差异,所以我想对日美的差异比较进行讨论。

2.美国的大学入学考试

一般来说,提到美国大学的情形也许很多人会感到意外。
 这是为什么呢,再日本人眼里来看美国的大学是入学容易但是毕业比较难,大学入学考试竞争并不存在。
 的确,美国没有像日本那样的入学考试竞争和补习班。
 但是在美国的大学考试之际,不对希望考试的考生的资质进行考察,而是全员允许入学的大学倒是很罕见的。
 几乎所有的美国大学都要求有SAT1或者ACT2的考试,或者两者都要考。
 SAT是对英语和数学的考试,ACT是对数学,自然科学,社会科学,英语,英国文学之中的3门进行考试。
 这两种考试和日本的大学统一考试不同,每年不只一次考试。
 SAT每年有6次考试,ACT每年有5次考试。
 这两种考试比起选拔性考试,资格考试的性质居多,考生考几次都可以。
 学生把在考试中取得高分的送到大学去接受入学审查。

3. 大学入学合格者选拔的竞争率和SAT得分的分布。

 那么,以下对美国大学入学时的竞争率的问题进行阐述。
 另外,因为SAT的得分是显示被录取者的水平依据之一,如表1所示。
 这个表是以美国东部的主要大学为例,显示那里的入学竞争率和SAT的得分的平均分以及分布。
 从这表可以看出几个特点。
 首先,私立大学与国立大学相比竞争力要高。
 在私立大学中被称作常青树的8所大学和麻省理工大学等最有人气。
 这些大学的竞争率有从4倍到7倍,和日本的人气大学相比感觉不到那么强烈的竞争感。
 但是在美国可以说是例外的竞争率高的大学。
 相对那些人气大学而言,州立,市立大学的竞争率几乎都是1.5倍,入学希望者中的70%可以入学。
 但是,让所有的考生都合格的大学是极为少数的。
 但是合格与否并不时单凭考试成绩来决定的。
 大学入学的合格与否,除了升学考试成绩,还常看重高中成绩,班主任以及老师之中有识之士的推荐信,体育和艺术领域有才华和有特殊技艺的学生,或者在社会活动中有过贡献的学生等等,都给与很大的重视。
 就是说,对于学生的个性化都给与加分评价,以及非常重视多样化的个人才能,这可能就是美国大学选拔的特点吧。
 私立大学比公立大学更重视这样的选拔方法。
 现就哈佛大学来做以下说明
 哈佛大学的入学考试专门委员会认为决定入学的主要原因是拥有特殊的才能,来自学校负责人的推荐信,个性,还有重视高级课程的选修。
 从而认定,班里的名次或者SAT的得分不是那么的重要。
 资料1参照
 根据巴龙公司的美国大学的人物评论(Barrons Profiles of Americ an College )只有纽约大学(乔恩J大学)让考生全体入学了。
 但是,这所学校要求申请者在高中的平均成绩在75分以上,而且班级名次在50%以上,实质上并不是所有申请者都可以通过的。
 下面将各校的SAT(学术能力评估考试)合格者的平均分数做下比较。
 这个考试是由英语(Verval)和数学(Math)两种组成,得分平均分为500分,最高分为800分,最低分为200分。
 因此,得到500分从统计学来说就是偏差值为50分。
 这种考试的合格者中SAT的得分私立大学的学生要比公立大学的学生高得多。
 尤其是与竞争率同样,常青树联盟和麻省理工的学生的得分特别高。
 在表1中所示的合格者的SAT平均分,常青树联盟中的4所学校的SAT平均分为英语624.5(SD18.285),数学669.8(SD29.102)。
 与此相比,州立大学中的8所大学的平均分为英语486.3(SD16.025),数学545.5(SD21.389),两者的平均分相差将近150分之多。
 这个从事实上说明了SAT的得分与不太重视分数的常青树联盟学校的政策是不相符的。
 但是在哈佛大学,由于重视其他因素而决定入学合格者的结果是能在SAT考试中得到高分的学生只是偶尔出现。
 在合格者的SAT得分分布图中可以看出得分在500分以下的合格者也是有的。
 这个和其他常青树联盟中的学校一样,一定会有一小部分不够500分的合格者。
 与此相比,从公立大学合格者的SAT得分分布图中可以看出合格者的半数或者半数以上的学生得分是在500分以下。
 这可以说明如果在高中时代刻苦学习的话也可得到入学许可。
 但是学生并不都是这样。
 从表1中可以得知,不论是在哪个大学都存在着总的分得分在700分以上的学生。
 这说明成绩好的学生并非都上名校,事实上公立大学也有非常优秀的学生。
 之所以这样,可能是因为公立大学的学费比私立大学的学费便宜的原因吧。
 相对于几乎所有的私立大学2万美元(220万日元)以上的学费而言,而上公立大学的话,只要是那个大学所在的州或者市的居民只要交1500美元到2000美元(20万到30万日元)左右的学费就可以了,由于经济的原因很多优秀的学生选择的公立大学。
 第二,作为美国公立大学和私立大学的特点之一,学生的毕业率有所不同。
 参照表1,可以看出私立大学的毕业率在70%-90%是很正常的事。
 特别是哈佛的毕业率达到98%。
 与之相比,无论是哪个公立大学的毕业率只停留在40%-60%左右。
 这表明了入学者中的大约半数以上不能毕业。
 美国大学入学容易毕业难,一般指的是公立大学的特点。
 为什么公立大学会有这样的特点呢,是因为他们站在公共立场上尽可能给更多学生学习的机会。
 另外,从很多的新生中选拔优秀学生也是他们的政策吧,
 另外,我想私立大学的高毕业率也和入学时候的高竞争率有关吧。
 一般美国有名的私立大学的特点是实行英才教育,入学的时候选拔优秀的学生并加以培养。
 当然,入学后不认真学习就毕业是不可能的,还有就是不想要学习不好的学生的意思。
 为什么这样说呢,是因为主办方对于这个活动的评价和签字是很重要的,也就是说这个活动不光是表面性的活动,他还有很实际的内容。
如果说可以采取的对策的话,那就是提高SAT的得分。
对于如何提高分数,如果使用日式的学习方法,英语和数学的总成绩达到650分是比较轻松的事。
 这是因为考试的内容涉及基础知识的的比较多,尤其是数学,入学考试题比我国的简单。
 然而,在美国的大学有讨厌为了进学考试而提高分数拼命学习的学生,所以这也不是根本的解决措施。
 另外,面试也是严格的进行。
 在哈佛大学,有5名面试官对学生进行多方面的审查。
 通常如果有5名面试官中的3名同意的话就可以合格了,但是也要分阶段进行。
 学生们向校方展示自己的才华,和入学以后如何

4. 美国的大学考试不是很激烈的原因。

 为什么在美国不存在像日本大学那样的入试竞争呢?
 因为美国人的性格不喜欢强求而是喜欢适合自己的生活方式。
 美国人入学考试也一样,不勉强上名牌大学,而是选择在适合自己能力的大学里努力学习。
 当然,美国社会里也存在着竞争的一面,但是人们会避免无意义的竞争。
 因为在美国比起是哪所大学毕业的他们更重视的是在学校里学的知识,这可能是美国大学入试竞争不激烈的原因吧。
 还有难以准备的入学考试的措施。
 前面讲述过决定入学合格者的原因是多种多样的,所以1-2年的准备是不够的。
 比如说,临阵磨枪肯定来不急,入学考试前匆匆忙忙参加志愿性社会活动也没有意义。
 笔者在哈佛大学研究生考试的面试之前被邀请参加聚会,在个人气氛中彼此了解自我的考试。
 还有,记得哈佛大学的考官亲自打电话到我在的纽约公寓,只是问我在学什么的闲聊。
 这种通过平常态度和应时来考察我。
 这些方面都是入学考试时难以准备的因素。
 还有升学考试竞争不激烈的另一个原因是在美国入学考试中失败者,所谓复读生现象。没有复读生不意味着所有学生都得到了升学许可。
 之中还有哪所大学都未能入学的学生。
 但是这些学生不必等一年才能入学。
 至少有2次入学考试,普通有3次,多的地方多达5次入学考试。
 因此,如果不及格的话,马上可以申请第一档次的大学,最长等3个月就可以参加入学考试。
 另外,如果非要上没有考上的那所大学,就去找那所大学的相关科室,查询不合格的原因,并加以改正,在下一学期就会合格了。
 因为美国存在这种制度,像我国那样的补习班就没有必要存在了,大学的入学考试也就没有必要过分激烈了。
 还有最主要的原因之一,在美国大学存在转校(编入)制度。
 举一个哥伦比亚大学的学生为例。
 看到这个例子就比较清楚,很就以前的学生(沃特森,吉尔伏特)边转校边学习。
 另外,学生们都是从学士→硕士→博士的顺序进行,转向级别高的大学学习。
 从这方面考虑,最初开始没有进入高水准大学的必要。
 但是,其中有像沃尔波特WG一样从学士到博士一直都在哈佛大学学习的人,像他这种例子几乎是例外,
 最近在美国读到研究生的学生在增加,流行为了升入其他名牌大学的硕士班再更一步累计资历。
 那位学生(女性)出生于美国南部的乔治亚州。
 由于高中是公立学校教育水平不太高,毕业未能进入东部名校学习,2年中句的优异成绩,获得准学士称号(AA degree)第3年转入哥伦比亚大学。
 她前两年在学费便宜的州立大学学习,比最初就读哥伦比亚大学合算。
 这种在美国升入学术水平高的大学的转校者极为普通。
 这种转学倾向在学士阶段就有,但硕士,博士阶段更为普遍。
 在美国,从大学本科升入研究生时,尽管所有大学没有研究生班,但是选择另一所大学就读的学生比升入所在大学的研究生班的学生要多。
 不仅是一般学生,就连有名人物也是同样的,例如取一个心里学者的例子,资料(2)
 尽管发现自己想做什么,但是存在着和自己自立无关的入学考试障碍,最终只能放弃。
 另外,及时通过了入学考试,考上自己希望的,在社会任务比较高水准的大学,由于全力以赴才达到目的,对今后的学习和研究失去星期的例子也很常见。
 发达心理学研究表明,极尽全力升学考试会挫伤人的创造性和打击人的积极性。
 这种倾向年龄越小就表现的越明显,所以最好在人格稳定之后再接受升学考试。
 这种现象在美国大学里不存在,美国的学生极为活泼健康,并始终保持着旺盛的求知欲。
 向美国大学入学合格制度。
 这种美国大学的入学考试现状和日本的情况相比较,有许多值得学习的东西。
 首先,美国入学制度具有多样性,由于大学升学考试的SAT,ACT有多次的考试机会,降低了考试心理上的不安。
 笔者也参加过SAT的考试,给我留下很深印象的是考试气氛很轻松,根本不像入学考试,
 与此有鲜明对照的是我国大学入学考试是一考定终身,而且每年只有一次应试考试,助长了学生对应试的恐惧。
 这样在日本产生一种倾向学习偏向应试学习的现象,现实利益和利己考试而不是强调学习知识,通过什么方式来改变自己的东西。
 另外美国大学的制度非常富有灵活性,美国学生有充裕的时间来思考要学习什么,掌握什么知识,根据自己的意思中途自由改变课程或者从头学起。
 而我国大学缺乏自由度,而且多数高中生不知道想学什么就上大学了。
 这样可以消除学生升学考试这种毫无意义的疲劳。
 然而美国的大学教育并不是完善的,也存在着许多问题。
 令人头痛的是除了名牌大学,一般大学的学生的学习能力都在下降,由于18岁年龄人口的减少,各所大学之间正在竞争生员。
 总之,美国大学考试制度和我国的有很大的差异,它确实有对日本大学的升学选拔和大学教育的将来有很大意义。
 结论。
 本文总结了如何改革入学考试,借鉴美国的考试现状引进到我国的入学考试制度中。
第一, 大学的入学考试至少1年2次。
 同时1年可以接受3次大学升学考试。
 这样就可以减少复读生的问题。
 但是美国大学1年有5次入学也过于多了。
 因为学生不稳定影响学校的教学。
 同时采用无学年制度。
 清除学年的概念,用学分制考核学生,有助于对学生的学习和发展。
 也就是说,取得分数多的学生不受学年的限制可以提前毕业。
 学费按学分收不会有问题。
 另外,尽可能允许转校制度,大学之间可以互相承认彼此的学分。
 大学生不学习的问题,如果成绩优秀的话,允许学生转到高水平的大学就读,就会调起学生们学习的积极性。
 特别是在这种情况和为了升学考试不同,学习内容是自己感兴趣的专业,容易掌握而不会感到空虚。
 考察学生考试合格的标准不只是审核学生的学习成绩,要增加俱乐部活动等因素来综合评定。
 应该发挥人的多样性和个性,并从这方面来评价。
 但从多种角度评价学生需要审查者抛弃主观性,坚持客观评判标准。
 这样的话入学可考试时最少需要3名审核官同时进行审核决议。
 这样的手续需要大量的时间,但是基于如何选拔学生对大学来说是具有生命线这样重要意义,一定要试行。
 和大学入学考试没有直接关系,今后推进研究生教育和成人教育是大学教育的重点。
 可以估计今后我国18岁人口也面临减少,可以鼓励成人再入学的成人教育来解决这一问题。
 在美国和欧洲各国,25岁以上在校学生比例在增加,瑞典已经达到62%。
 (表4参照)
 以上,主要讲述了参考美国大学如何改革我国大学入试制度,这是大学教育制度上极其重要的问题,
 许多外国的例子,由于教育系统的不同,传统相异,教育制度也不同,所以不能强行套用,但是有非常有参考的价值。
 我希望,日本大学不断发展,充分利用大学的功能为社会作贡献。

参考文献
 (1) Scott Edelstein(板坂元 訳) 「アメリカ カレッジ マニアル」荒竹出版 2000年
 (2) 渡部淳 「海外帰国生、日本の教育への提言」太郎次郎、1990年
 (3) Profiles of American Colleges, Barron’s Educational Series,Inc. 2001
 (4) 依田新 「現代心理学のエッセンス」ペリカン社 1976年
 (5) 常盤新平 「アメリカ情報」 講談社 1989年

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