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【論文】教育関連その他

【論文】教育関連その他



アメリカの大学教育の特徴

アメリカの高等教育機関
アメリカの高等教育機関は、日本と同じように、高校を卒業した18歳以上の男女に教育を提供する場です。アメリカで高等教育機関とは、短期大学、4年制大学、大学院そしてプロフェッショナル・スクールという(医学、法律、歯学、建築学、ビジネス、教育など)の専門分野の大学院大学が含まれます。アメリカは日本の文部科学省のように国の教育をすべて統括する機関がなく、教育は各州の管轄下にある点が特色だといえます。

短期大学
アメリカの短期大学は普通Two-Year-Collegeと呼ばれ、地域自治体によって運営されているものを特にコミュニティカレッジといい、これは本来地域住民を対象としたもので特にコミュニティカレッジを特徴づけるものは、『進学コース』と『職業専門コース』の存在です。『進学コース』は、4年制大学の1、2年の課程を履修するコースで、このコースを修了すると4年制大学の3年次に編入できる資格ができます。『職業専門コース』は、日本の専門学校のようなものですが、そのコース内容は非常にバラエティーに富み、法律秘書科、不動産科、広告デザイン科、航空管制科等と幅広くあります。このようにコミュニティカレッジは、留学生にとっていろいろとメリットが多いため、確実な留学を実行するひとつの進学先として注目を集めています。

入試制度と4年制学部
日本とアメリカの大学システムは学生の選考方法の段階から異なっています。日本の場合は、いわゆる入学試験制度がとられていますが、アメリカでは、そのような入学試験による選抜はおこなわれず、書類選考という手段が用いられています。アメリカでは、大学入学を希望する学生は全員、日本の大学入試センター試験にあたる、SAT(Scholastic Aptitude Test)を受けますが、合否を決定する唯一の基準とはならず、あくまでも大学に提出する書類の1つでしかありません。また、SATの試験は1年に6回行われており、何回でも受験でき、一番良い成績を志望校へ提出できる点も、日本とは大きく異なります。アメリカの選抜制度のもう1つの違いは、日本の場合、大学ごとというより学部ごとに選抜がおこなわれるのに対し、アメリカの大学では、全ての願書をAdmission Office(入学願書受け付け事務局)が受け付ける点です。また、願書には希望専攻を記入する欄はあるものの、あくまで参考程度に過ぎず出願時に専攻を決める必要はありません。一般教養科目の履修を通じて自分が興味を持つ専攻を決めてゆけば良いシステムです。

ハーバード大学入試専門委員会のポリシー

学期制度
日本の大学では、1年ごとの単位取得制度を採っており、ふつう1つの科目を通年で履修します。一般に、夏休みを間にはさんで前期・後期とわかれていますが、前期だけ、あるいは後期だけの科目はほとんどありません。つまり1学年ごとに単位を取っていく仕組みになっていますので当然、入学・卒業の時期は1年に1回だけで、受験に失敗すると次の年まで再受験の機会を待たなければなりません。一方、アメリカの大学では学期ごとの単位取得制度を採っており、それぞれに学期を独立させて1学期ごとに単位をとれるシステムになっています。こういう学期制のもとでは、必要単位さえ満たせばどの学期からでも卒業できることになります。また、アメリカは9月が新学期で、9月しか入学できないと思いがちですが、決してそうではありません。2学期制(Semester制)の大学であれば9月と1月に入学可能です。各大学によって2学期制、3学期制、4学期制とさまざまありますが、2学期制の場合、年間スケジュールは次のようになります。

2学期制(Semester制)
秋学期9月~12月、春学期1月~5月(各16週間)+夏学期6月~8月(6~8週間)夏期の間はサマーセッションまたはサマータームと呼ばれ、足りない単位を補おうとする学生や早く卒業したい学生が参加します。夏学期を除く9ヶ月をアカデミックイヤーといいます。そのほかに3学期制や4学期制の大学もありますが、セメスター制の大学が一般的です。

単位数で卒業(無学年制)
アメリカの大学では、卒業は単位数で決まります。各大学によって多少の違いはありますが、だいたいどの大学でも決められている卒業単位数は次のようになっています。
2年制大学(準学士号)60単位
4年制大学(学士号)120単位
大学院(修士課程)30単位、または60単位
大学院(博士課程)75単位、または90単位
アメリカは単位制なので、日本のように1年たったから2年生へという考え方はありません。大学の学年は取得単位数によって決定されます。1単位~30単位を勉強中の学生がFreshman(1年生)、28単位以上を平均点2.0で終えている学生をSophomore(2年生)、55単位以上を平均点2.0で終えている学生をJunior(3年生)、90単位以上を平均点2.0で終えている学生をSenior(4年生)となります。つまり単位数をどれだけ持っているかで学年が決定され年月は関係ありませんので、4年制大学を3年で卒業してもかまわない訳です。1学期により多くの単位を履修すれば早く卒業できるわけですが、大学の定める単位の平均点を維持していないと、卒業どころか退学処分もありえるので履修単位数と平均点の維持をバランス良く保つことがポイントとなります。通常一科目3単位で週一回90分の授業です。これを4科目から5科目履修します。とても楽なように感じますが、中身が非常に濃いので5科目も取ったら本当に大変です。

トランスファーとGPA
日本では、大学に入ったら他の大学へ転校することはまずできませんし、同じ大学内の転部すら容易ではありません。しかし、これに対してアメリカの大学では転校や編入を意味するトランスファー(Transfer)と呼ばれる制度が確立しています。このトランスファーには、短期大学の進学コース卒業後4年制大学へ編入するトランスファー、よりレベルの高い大学へ移るトランスファー、成績が芳しくないためにレベルを下げた大学に移るトランスファーとさまざまな形があります。アメリカでは入った大学より卒業した大学が重要視されるというのは、こうしたトランスファーシステムが背景にあるからです。日本の学校であまり成績が思わしくなかった人、いきなり4年制大学で講義を受けるのに不安な人、まだ4年制大学へ入るだけの英語力がない人などが、入りやすい短期大学に入学したとしても、在学中の勉強次第でランクの高い大学へのトランスファーを重ね、最後には名門大学・大学院を卒業することも充分可能になります。
レベルの高い大学へトランスファーできるか、低いランクの大学にトランスファーしなければならないかは、成績の評価を数字で表したGPA(Grade Point Average)で決まります。これは、一般に4点満点の5段階方式で算出されます。成績評価はA、B、C、D, E(F)の5段階があり、それぞれ、4、3、2、1、0というグレードポイントという数字を当てはめます。これに科目の単位数を掛けてその和を総単位数で割ったものが評価の平均点、すなわちGPAです。普通、GPAはアメリカの大学・短大への入学を考える場合の入学基準の中でも最も重要な要素としてあげられますが、高校からの新入生は高校GPA、すでに大学・短大1年以上在籍している学生はTransfer GPAで入学基準を設けています。
GPAは、トランスファーのみならず、大学院への進学や就職にもついてまわる絶対的な数値です。ですから学生はこのGPAを常に意識しながら勉強することになります。新学期に自分が取るコースを決める頃からその戦いは始まり、その教授のどの科目がおもしろそうか、そしてよい成績がとれそうかを入念にチェックします。最終的に履修登録をする時期までに、その学期に受講するコース選択についてはアドバイザーに相談したり、オリエンテーションに参加したりして選んで時間割を組みます。
また、実際に授業を受けてみてからどうも良い成績が取れそうもないと思ったら、Withdrawal(放棄)手続をとることもできます。決められた期限内に手続をとれば、成績表にWと記述され、GPAに影響しないので無理に単位を取ってGPAを悪くしてしまうこともありません。GPAは卒業のためには2.0または2.5が必要ですが、できるだけ高いほうが良いでしょう。もし、大学院や医学部に進学したければ少なくとも3.0以上は必要です。通常単位は卒業する大学で半分の数(4年制大学の場合は60単位)は取らなければいけません。言いかえれば卒業しようとする大学で半分取れば後はどの大学でとっても構わないということになります。ただ、大学よって異なるようです。ハーバード大学では単位のトランスファーを認める大学はMITなど一部に限られています。

著名な心理学者の出身大学

 このようにトランスファーによって大学のレベルを上げていくことは、アメリカではごく普通によく行われることです。この傾向は、学部レベルでも行われますが、大学院の修士、博士レベルでは、さらによく見られます。アメリカでは、大学の学部から大学院に進学する場合、同じ大学に大学院が設置されていてもそこに進学することはむしろ稀で、大学院では異なる大学に進学する場合が一般的です。これは、一般の学生ばかりでなく著名人であっても同様で、例えば心理学者を例に取ってみると資料(2)のようになります。これをみるとわかるように、かなり以前の人々(ワトソン、ギルフォードら)でもいくつかの大学をトランスファーしながら勉強を続けている。また、ほとんどの人々が、学士→修士→博士と進むにつれて、ランキングの高い大学に移っている。この意味から考えても、最初から高いレベルの大学に入学する必要はないと言える。しかし、オールポートG・Wのように学士から博士までハーバード大学で通す者もいますが、彼のような例は一般には例外に近いです。かなり以前からアメリカでは、大学院の修士さらに、博士まで修了しようとすると学生が増加しているために、他大学の大学院に進学することでより良い大学でキャリア積もうとする傾向は強まっています。そのほかの著名人としてはオババ大統領(オキシデンタル大学→コロンビア大学→ハーバードロースクール)、キャロライン ケネディ(スミスカレッジ→コロンビアロースクール)などがいます。

アメリカの大学入学者選抜システムから学ぶこと
 このようなアメリカ合衆国における大学入試の現状を、我が国のそれと比較してみると極めて学ぶことが多いように思われます。
 まず、第一に言えることは、アメリカの入学システムが多様で、大学入試センター試験にあたるSAT、ACTも複数の受験チャンスがあるために高校生に与える心理的不安を低減させていることである。筆者も一度SATを受験したことがあるが、入学試験とは思えないような和やかな雰囲気であったことは実に印象深く記憶に残っている。この点、我が国の大学入試が一発勝負であり、それも時期としては年に一度のチャンスしかないために高校生の抱いている大学入試に対する不安を助長させている現実とは、極めて対照的です。このような日本における傾向は、何をどういうプロセスで学んで自分のものにしたかというよりも、試験のための勉強(学習)という側面を強化し、実利的で、やや利己的な目的のためでなければ、学習しないという傾向をも生み出しつつあるといえます。
 また、アメリカの大学制度が非常に可動性に富んでいるために、アメリカの学生は何をいつから学習し、身につけたらば良いかをじっくり考える余裕が与えられており、途中からのコースの変更や、やりなおしなども自由で本人の意思にまかされているのが普通です。これに対し、我が国の大学制度は自由度が少ない上に、何をやりたいかもわからない高校生が、とりあえず大学に入学するという例が多い。そして、後で自分のやりたいことが発見できたとしても、そこには直接的には自分のキャリアとは関係のない大学入学試験という壁があり、結局あきらめざるを得ないことになります。そして、たとえ大学入試を突破し自分の希望する社会的にもレベルの高いとされている大学に入学できたとしても、そこでもう力を使い果たしてしまい学習したり、研究したりすることに対して興味を失ってしまっていることも多く見受けられます。発達心理学的にみても、あまり受験勉強をやりすぎるとクリエイティビティがなくなり、意欲も減少すると警告している研究もある。この傾向は年齢が低くなればなるほど強くなるそうで、できれば人格が安定するまで受験勉強は待ったほうが良いとされている。このような現象はアメリカの大学にはなく、学生が極めて元気活発で、同時に知的な好奇心を失うことなく持ち続けているのが普通です。これは、受験勉強によって無意味な疲労をしていないことによると考えられる。ただ、アメリカの大学教育も完全なものではなく、問題点も多く持っていることを付け加えておく。一部のトップレベルの大学を除いては、一般の大学では学生の学習能力の低下に頭を悩ましているし、18歳人口の減少で、大学間でのサバイバル戦争はすでに始まっているからである。しかしながら、アメリカにおける大学進学の現状は我が国のものとは大きな違いがあり、その様相は、私たちに日本の大学入学選抜の方法及び大学教育の将来について大きな示唆を与えてくれることは確かです。




まとめ
まとめとして、大学入試をどう改革したら良いかを、アメリカの現状を踏まえて、それを我が国の現状の中でどう取り入れることができるかを中心に述べてみたい。
 第一に大学に入学できる時期を少なくとも年2回にすること。同時に大学入試センター試験を年に3回は受けることができるようにすること。こうすれば浪人の問題も少なくなると考えます。ただ、アメリカのある大学のように年5回などとなると、入学可能時期としては多すぎると思われます。なぜなら学生がどんどん変わってしまいこれは大学としても教育する上で問題が起こると考えるからでしょう。これと同時に行ってほしいのは無学年制の採用です。学年という概念をなくして、単位数でその学生の勉強の進み具合を評価した方が、学習効果が上がると考えます。つまり、たくさん単位を取った学生、学年にかかわらず早く卒業できるようにするのです。授業料の問題は一単位いくらとすれば問題はなりません。
 また、編入(トランスファー)をできるだけ可能にし、単位も大学相互で認め合うようにできることは、ぜひ行ってほしいものです。大学生が余り勉強しないことが問題になっているが、もし良い成績をとって行けばレベルの高い大学に編入ができるとなると、学生たちは勉強すると思われる。特にこの際の学習の内容は自分の興味のある専門であるために受験勉強とは違って身につくであろうし虚しさも無いとえます。
 次に、入試の合格基準を学力審査だけで決定せずに、クラブ活動などの他の要素を加味して総合的に決定してほしいものです。人間性とはできるだけで多様にまたその個人の個性に応じて発達すべきであると考えるし、また、そのような視点から評価されるべきだとも考えるからである。しかし、多様な視点から総合的に判断するためには、評価者の主観によらない客観性が要求されます。そのためには入学希望者への面接も少なくとも3人の専門官によって行いその合議で評価の決定がなされなければならないでしょう。このような手続きは時間を要するものではなるが大学にとってどんな学生を選ぶかということは生命線とも言うべき重要性を有していると考えるのでぜひ行ってほしいものです。
 学部レベルの入学試験とは直接関係はありませんが、大学院教育と社会人教育の推進は、今後の大学教育の発展を考え上で重要な点となるでしょう。今後、さらに我が国においても18歳人口の減少が起こると考えられるので、その対策としても、社会人のためのリカレレント入学を奨励していかなければならないでしょう。すでにアメリカをはじめ、ヨーロッパの各国では、25歳以上の高等教育機関在籍者の割合は増加しており、スウェーデンなどでは62%にも達しています。
 大学入試について、主にアメリカ合衆国の例を参考にして述べてきましたが、この問題は大学教育の発展を考える上で極めて重要な問題です。諸外国の例は、その国によって教育システムも違うし、伝統も異なるので我が国においてそれそのまま採用することはできませんが、非常に参考になることは確かです。私としては日本の大学が発展してその機能を充分に発揮し、社会に貢献していってほしいと願うものです。

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